拙著『ハクティビズムとは何か』についてご意見、ご指摘を頂戴しました。

『ハクティビズムとは何か――ハッカーと社会運動』に関して、いくつかのご意見、ご指摘をいただいております。私としては、ハクティビズムや周辺の議論の盛り上がりに本書が少しでも貢献できればと考えており、ご意見をいただき大変嬉しく思っております。

特に山根信二さん
http://about.me/syamane
Twitter : @shinjiyamane からはWinny事件のその後についてなど、多くの事柄について大変丁寧なご指摘をいただきました。いろいろと参考資料なども頂戴したので私の見解もはさみつつ、以下にまとめて記述させていただきます。

Winny事件について
Winny事件は2011年末に金子氏の無罪が言い渡されて事件は終わりを迎えました。拙著では開発者の金子氏がネット上に書き込みした言葉を引用し、金子氏の政治性について言及しました。金子氏の書き込みも影響してか、Winny事件では当初検察が、金子氏は著作権の崩壊を目論む政治的テロリストである、という趣旨の見解を持っておりました。


とはいえ、裁判では金子氏側はWinny開発に政治的意図はなかったと述べ、また法廷においても検察側が主張するような、金子氏が著作権の崩壊を目論んでWinnyを作成したという主張は却下されています。したがって、裁判では金子氏の政治的意図については棄却されています。単純に知的好奇心からWinnyをつくったということです(実際に金子氏がどう思っていたかはわかりませんが、裁判における判決は、今後の裁判における判例にもなるので非常に重要です)。拙著ではこうした観点からはWinny事件を描けなかったので、今後の著作では触れていこうと思います。


もちろん、Winnyは製作者の意図とは無関係に社会的に大きな問題になったことは間違いありません。理由はどうあれ、DeCSS以上にWinnyは、社会の仕組みを変革(=ハック)し得る力をもったツールでした。


ここで注目すべき問題は、そうしたツールをめぐる法的問題です。Winnyは社会をハックし得るツールでしたが、その力が大きければ大きいほど、既存の体制と大きな対立を生じさせます。検察としては何としてもツールの製作者を逮捕しようと考えます。また実際に違法ダウンロードの刑罰化など、昨今の日本における著作権強化の方向には、Winnyの衝撃が間接的に影響を与えていることは間違いないでしょう。


すると、ハクティビズムを研究する立場としては、実際に新たなツールが社会に登場したとき、それが政治的な意図を持っているか否かといった論点と同時に、それが法的にどのような問題となり、実際の現場ではどのようなリアルな駆け引きが生じているかなど、より現場に近い立場から現実を把握する必要があると感じました。


Winny事件については、拙著で記述した以上に奥深い問題が山積みになってます。ハッカーを過激派テロリストとみなす検察の立場や現場の問題についても、もっと研究の手を広げるべきであると、Winny事件の詳細をみて感じます。ハクティビズムの論理だけでなく、その実際の現れ方やあり方などより現場に近い問題は、今後の研究課題にしたいと思います。
参考:壇弁護士の事務室(Winny事件における金子氏の弁護士のブログ)
http://danblog.cocolog-nifty.com/index/winny/index.html


■DES暗号について
拙著63頁で言及したルシファーはもともと128ビットと記述してありますが、実際は他のビット数のバージョンも作成しておりました。そして、IBMが標準規格をめざした製品版のルシファーは64bitであったとのことです。そこからさらに政府の指示で56ビットにしたのです。ですので、正確には、「IBMは128ビットではなく64ビットにしたルシファーを、さらに56ビットにした」、というのが正確な表現になります。


■ベータマックス事件について
拙著では意図しない形で政策無効化が行われたと論じたこの事件ですが、ソニーにはユーザーの自由を求める姿勢があり、裁判が進む中でソニーは、日本では著作権的に問題とされていなかったベータマックスの「タイムシフト機能(番組を録画して好きな時にみること)」を、アメリカにも普及させる意志があったとのご指摘がありました。詳しくはソニーのHPに記述があります。
Sony History
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-20.html#block6

上記のサイトの記述にある以下の言葉が象徴的です。


「この家庭用VTRの問題は訴訟、裁判という特定当事者間で決着するのではなく、立法で決着すべき本質的な命題を含んでいる」と盛田は確信した。ソニーにとって、法の遵守は基本姿勢だ。しかし、裁判がよりどころとする既存の法がおかしい、あるいは足りない時には、訴えていく必要もあるという信念を彼は持っていた。


盛田とはソニー創業者の一人である盛田昭夫です。ユーザーの自由を守り、時に法の変革をも視野に入れて活動するソニーの姿勢こそが、世界中からソニーが尊敬される点でもありました。昨年のアノニマスによるPSNへのDDoS攻撃の背景には、ユーザーの自由を守ってきたソニーがユーザーを訴えたことに、彼らが怒りと失望を持ったという点が指摘できます。逆に言えば、それほどまでソニーは尊敬されていたということです。

ライフゲームについて
ライフゲームはゲームの名がついているが、実際にはほとんどゲームではなく、拙著150頁で言及したFolditのようなゲーム性はないとのことです。ゲーム研究者のジェスパー・ジュールの以下の発表を山根さんから教えていただきました。
「ゲーム, プレイヤ, ワールド : ゲームたらしめるものの核心を探る」
http://www.jesperjuul.net/text/gameplayerworld_jp/


他にもいろいろとご意見やご感想いただきました。大変参考になりましたので、今後の私の仕事に活かせていければと思います。


Winny事件に関しては、拙著では一方的な観点からの議論になってしまいました。誤解を与える書き方となってしまい申し訳なく思っております。またベータマックスの一件によっていかにソニーが世界に影響を与えたかを改めて再認識しました。


ご指摘をくださった山根さんに感謝申し上げます。

ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動 (SB新書)

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